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めがねのまち鯖江でつくる 
「いつも」と「もしも」がひとつになった、笛のアクセサリー

はじめに

わたしたちは福井県鯖江市にある、ちいさなめがね工房です。
鯖江は和紙や焼き物の産地も近く、緑豊かで水のきれいな、のどかな街。
その眼鏡産業は1905年、ひとりの女の子を助けたことからはじまり、今では世界三大産地の一つにまで成長しました。
今もなお多くの職人技が残る眼鏡づくりは、熟練の職人から次の世代へと長年にわたりその技術を継承し続いてきた伝統産業でもあります。
私たちは、そんな眼鏡と同じ素材・技術・工程をつかって、防災笛を作っています。

笛づくりをはじめたきっかけ 

防災笛は持ち歩くのが恥ずかしい…?

どうしてめがね工房が笛を?とみなさん疑問を抱かれることと思います。
それは、10年程前の鯖江市役所防災課の方からのご依頼がきっかけでした。

1995年に発生した大災害、阪神・淡路大震災。そのとき亡くなられた方の7割が圧死で、助けを呼べなかった方たちが多くいたといいます。
市は万が一に備えてと、市民に金属製の笛を配ったものの、みんなしまいこんでしまいなかなか持ち歩いてくれない…。

その理由をきくと ”恥ずかしいから” と言われたそうです。

確かに、一般的に販売されている笛の形やデザインは、普段の洋服とは合わせづらく、鞄につけるとしても浮いてしまう。
なにかあったときに必要なものだとわかってはいても、持ち歩くのにはどうも気が進まない方もいらっしゃると思います。
しかしそれなら、色とりどりできれいな眼鏡の材料を使えば、みんなが持ち歩きたくなるようなおしゃれなものになるのでは?そんな笛を作れないでしょうか?
そうご相談いただいたのです。

眼鏡づくりと笛づくりに共通するテーマ ” 人に寄り添い、たすける “

笛づくりをはじめたきっかけは今書いたように市役所の方からのご依頼からでしたが、それ以降もずっと笛を作りつづけてきたのにはもう一つ理由があります。

それをご説明するのに、

鯖江眼鏡の歴史について、すこし詳しく書かせていただきます。

鯖江の眼鏡産業は、今から100年少し前の1905年、福井にはまだ電気も車もない時代、冬の農閑期に出来る仕事としてうまれました。

はじまりは増永五左衛門が持ち込んだものといわれており、彼は細かい眼鏡のパーツを見て、これは村の宮大工にしかできない技術だと思いました。しかし、増永はそれまでにいくつも事業を失敗しており、それを知っている宮大工は何度お願いしても断る一方。

それでもとお願いをしにいっているとき、宮大工の家に、学校に行っていない10歳の娘がいることに気が付きます。その子は、学校に行っても文字の書き写しが出来ず、先生に「知恵遅れだから、もう学校に通わせないでください」と言われ迫害を受け、学校には通わず家事の手伝いをしていたのです。

そんな彼女の動作・しぐさを見ていた、増永五左衛門の弟は、もしかしてこの子は目が悪いんじゃないだろうか、と思いました。そこで、その子に眼鏡をかけさせてあげると、彼女は涙を流してこう言ったのです。

「お父さんとお母さんの顔が見える。」

その子は頭が悪いのではなく、ただ生まれつき目が悪いだけだったのです。このことに感銘を受けた宮大工は「わかりました、まだまだ困っている人はいるでしょう、困っている人のためなら、やりましょう。」と眼鏡づくりを引き受けてくれることになりました。

当時、医療も発達しておらず、目が悪いのは老人だけだと思われている時代でした。

笛づくりのご依頼をいただいたとき、社長はちょうどこの鯖江の眼鏡が生まれた原点に戻ろうと考えていた時でした。

ひとりの女の子を助けたことからはじまった眼鏡づくり。

これから続けていくものづくりも、それと同じように ” 人を助ける ” ものでありたい…。

防災用の笛の話をきいていると、その共通点に気が付きました。

いつでもその人に寄り添い、その人を助けるもの。

私たちの作りつづけてきた眼鏡と同じだったのです。

なぜアナログの笛が必要なのか 

今でこそ私たちは自信をもって笛の重要性を説明することができますが、ご依頼をいただいた当初は、それがどれほど大切なものなのか、あまり理解していませんでした。そのため、ご依頼も最初は何度もお断りしています。しかしそれでも防災課の方が熱心に説明してくださったため、徐々にその大切さがわかり、ご依頼を引き受けることにしたのです。

では笛は一体なぜ、そしてどのように必要となるのでしょうか。
その答えを、これまで聞いてきたことや調べたことに基づき3つにわけまとめました。
もうすでに笛を持っている方も、まだ持っていない方も、ゆっくり考えながら読み進めていただけると嬉しいです。

1.電池切れがなく、誰でもすぐに居場所を伝えられる

近年は携帯電話が普及し、子供からご年配の方まで幅広い世代の方たちが連絡手段を持ち歩き生活しています。小さいお子さんには防犯ブザーもあります。

すると、わざわざアナログの笛も持ち歩く必要はないかのように思います。

私たちも最初そのように感じました。

しかし防災課の方からのお話でわかったのは、そういった電子機器には電池切れの恐れや、必ずしも全ての人が操作できるとは限らないという大きな問題点があるということです。

もし自分が全く身動きがとれない状況で、かわりに誰かに助けを呼んでもらわないといけないとき、近くにいるのがちいさな子どもだったら…。

あるいは、自分の携帯はどこかに落としてしまって、他人の携帯を操作するしかなかったら…。

また、災害時によく耳にする「72時間の壁」というものがあります。これは人が水分をとらずに耐えうる時間、72時間内に救助することが第一にされている、という意味です。救助活動はまさに時間との勝負。

なるべく早く、そして体力をなるべくもたせながら、助けを呼びつづける必要があります。

そんな非常時に、電池切れすることなく、ちいさいお子さんからご高齢の方まで誰にでも、簡単に、いちはやく、自分の居場所を救助員に伝えることができる方法。

それがアナログの笛、なのです。

2.救助活動は音をたよりに行われる

消防署の方のお話によると、救助活動は音を非常に大切にしているそうです。
地震の落下物や破損物などで、あたりの様子が把握しにくいとき、遭難された方がどこで待っているかがわからないとき、少しでも人の出す音がきこえないか耳をすまし、その方向へ進んでいくといいます。
その際には耳だけでなく、地中音響探知機という、ちいさな音や振動を拾いその場所を探索する機械も使われるそうです。さらに近年では、マイクを搭載したドローンによる救助活動も進められているというニュースもあります。

災害時に助けを求めるとき、近くに救助の気配を感じることができないと、もう誰も来てくれないのでは…と心細くなってしまうこともあるかもしれません。
しかし、近くに人の気配がなくても、誰かの耳に届きそうでなくとも、最新の技術をつかった機械が、その音を拾うこともあります。
たとえ小さくとも音を出すことに、意味があるのです。

3.実際に笛によって救われた命がある

実際に笛によって救われた例は、調べてみるといくつもあります。ときには自然災害だけでなく、船の事故や山の遭難時に笛を鳴らし、近くを通った人に救助された、というニュースもみかけます。

記憶に新しい2011年に発生した東日本大震災。そこでも笛によって助かった命がありました。

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震災当時宮城県のある消防署に勤めていた女性は、屋上に避難したものの、漁船がぶつかった衝撃で漂流にのみこまれてしまいました。なんとか漂流物につかまり、別の建物の屋根にのぼり、そこから声のする方へと向かうと、十数人の避難者と合流します。

助けをもとめるため皆で大きな声を出そうとしましたが、疲れきってしまい声を出し続けることができない…。
そんなとき、自身の消防服には防災ホイッスルがついていたことに気付き、それをかわるがわるみんなで吹いていったそうです。
するとしばらくして、目の前の高台にいた方が音に気付き、はしごとロープを持ってきてくれ、無事その上にあがることができたのです。

※河北新報(宮城県仙台市)2013年1月11日刊行に掲載の記事を参照しています

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このお話にもある通り、非常時、人の体力は著しく低下しています。
普段なら大きな声を出すことができても、必死で逃げたあとや、何時間もの待機の上で、必ずしもいつも通りの声が出せるとは限りません。
しかし、笛であれば、少しの息で、はっきりとした音が鳴らせます。
また、多くの人に使えるものなので、みんなで協力し合って音を出し続けることができます。

防災意識は決して自分一人のためだけのものではありません。
そのとき一緒になった人、それは自分にとって近しい人の場合も全くの見ず知らずの人の場合も、自分一人の持ち物や行動が、周りのみんなの命をも救うことにつながります。
そして自分一人の力だけでなく、みんなで協力、助け合うことで、
より安全に、迅速に、その危機を乗り越えることができるのです。

試行錯誤した笛の構造づくりと音づくり

いざ笛づくりを始めるとなったのはいいものの、それはもちろんはじめての試みであったため、最初はなにからすればいいのか全くわかりませんでした。
そこで、まずは市販のものを買い集めて吹き比べをしてみることにしました。
どういった仕組みで、どのように音は鳴るのか、それを知るためです。

しかし驚いたことに、とても吹きにくいものや、吹いているとすぐに疲れてしまうもの、中にはほぼ音が鳴らないようなものまでありました。

実は、“防災笛”と一口に言っても、国などによって定められた基準が存在せず、その名前をつけて自由に販売することができるのです。
せっかく持ち歩いてもらっても、これでは意味がない…。
そこで独自に笛の構造を開発することにしました。

いくつかの資料を調べたところ、音の鳴る基本の形状はわかったため、それをもとにまずは作ってみました。

すると小さいながらもちゃんと音が鳴りました。そこからは、自分たちの思い描く笛になるよう、試行錯誤の繰り返しです。

作っては吹き、作っては吹き、最初の形状が出来上がるのに2年かかりました。

●吹き口は、小さいお子さんやご高齢の方でも吹きやすいよう小さめに

●中の構造は、肺活量の少ない方や体力の低下した時でも音が出るよう、息の通りやすい形状に

●全体としては、水が入ったときでも一振りで抜けるような構造に

当時10か月の子に吹いてもらい、しっかりとした音が鳴るのを確認しています。

そして、そこから今度は大切な音づくりです。

音づくりに関しては 福井県工業試験場の方に助言をいただきながら、進めていきました。
音はとても繊細で、中の形、大きさ、角度など、なにかを少し変えるだけで、高低がかわってしまったり、他の音が混ざるようになったり、してしまいます。
少しずつ微調整を加えながら、目指す音に近づけていきました。
音に関しては、新しい笛を作るときに一番気をつかっており、必ずその都度周波数を確認することにしています。

具体的には、
人が聞こえる周波数 2kHz~5kHz の中で、ガレキの中からでも聞こえやすいといわれている高音域の4kHz を中心に、救助犬が聞こえる音域 20kHz 以上の音も 含めてきれいに周波数の山が構成されるようにしました。
実際に購入されたお客様には、高くてはっきりとした、それでいてとても綺麗な音ですね、というお声をいただきます。 •音の大きさは5秒間の平均騒音測定で85dB以上鳴ります。
(福井県工場試験場指導のもと測定。一般的に、60dB以上で人がうるさく感じる大きさといわれています。)

こちらで音の視聴ができます

こうしてさらに3年改良を重ねたものが現在販売している笛の構造です。
いつも身につけていられるだけでなく、いざというときにはちゃんと命をまもる役割を果たしてくれるもの。それが私たちのめざした防災笛でした。

香水などのガラス瓶をイメージして作った笛 effe bottle colum。
つやを出すため、ひとつひとつ手作業で磨き上げています
動物のかたちをした笛 effe pensiero。
誤飲チェッカーを使い、小さいお子さんがのみこめない大きさにしています。

effeについて

effe という名前の由来

わたしたちのつくる笛は “effe(エッフェ)” といいます。

素材であるセルロースアセテートはイタリア生まれで、

effeはイタリア語で “ F” をあらわします。

この“ F”にはFukui(福井),Factory(工場),Fue(笛)といろいろな意味を込めています。

また、エッフェ…えっ、ふえ(笛)!?と人が驚くような、

笛の概念にとらわれないものをつくりたいという思いも込めています。

素材

めがね枠と同じセルロースアセテートは、主に綿花を原料とする植物性樹脂です。

環境や人の肌にやさしく、軽いので長時間身につけても疲れにくい素材です。 また、肌にふれた際に温かみを感じます

ネックレスについて

吹き口が口に届きやすい長さにしています。

また、強く引っ張った際に切れるよう、細いものを使用しています。

これは、避難時にどこかに引っ掛けてしまっても、女性ひとりの力でネックレス部分を切って逃げることができるようにと考慮しました。

最後に

私たちは社長を含め8人全員が製造にかかわっています。自分たちのつくったものが誰かの手にわたり、その方の笑顔につながる喜び、それを日々皆が感じています。

私たちのつくるeffeが、みなさまの日常にとけこみ、寄り添い、そしてお守りのような存在としてありつづけられるように。

これからもそんな思いを胸に、よりよいものを作りつづけていきたいと思います。

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